鑑定士と顔のない依頼人

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鑑定士と顔のない依頼人 [Blu-ray]

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じわっと心に染み入るような、映画臭の強い、いい作品だった。
昔、広島の鷹野橋という商店街脇にサロンシネマという名前の、映画の臭いが隅々まで染み付いたようなとても雰囲気のいい映画館があったのだが、その映画館でこの映画を観たらもっとずっと深く味わうことが出来て楽しめただろうなという気がした。やっぱり映画は映画館で観てこそ、その正当な価値を評価できるのだろうと最近しばしば思う。
ストーリーについては、このまえ読んだ「女のいない男たち」(村上春樹 著)をふと連想させるような話しだった。アイドルのポスターとかインターネットが無い時代のことを考えれば、こんな男がいたって全然不思議じゃない。個室にこもり、ひととき自分だけの世界を堪能する主人公の幸福感は、なんだか憧れを感じるほどに共感できるところがあった。
この先は、何を書いても映画の肝心なところのネタバレになってしまいそうで、キーを打つ手がどうにも重い。
でも、主人公(鑑定士)の人生としては、果たしてどちらが本当に幸せといえるのだろうかと考えてしまう。じゅうぶんなお金と名誉を手に入れたのだから、あとは孤独で少々寂しかろうが、波風のない平穏な日々をおくって静かに幕を閉じることが堅実で確かな幸せだという気がしないでもない。でも、よく言うようにあの世にはお金は持って行けない。名声も、膨大なコレクションも一つだって持って行けない。最期の死の間際に心に持ち出せるのは、当人の思い出だけだ。一人の現実の女性を愛したという思い出は、主人公の心をいくらかでも温めることが出来るのだろうか。そんな事をあれこれ思うような余韻の残る、鑑賞後にも後味がしばらく続くような良作の映画だった。