パプリカ

2016年2月号の現代農業にパプリカの記事があって、読んでいたら食べてみたくなった。今まで食べたことないってことは無いだろうけど、パプリカの味というものが記憶の引き出しから出てこない。

記事を読んでいたら、色違いのパプリカ3個を1袋300円〜400円で直売所で売っているというような事が書いてあって、「いい値段つけてるなぁ」と(よく知りもしないのに)思った。
それで、先日スーパーに行ったときに、そういえばパプリカ!と思い出して、野菜コーナーに行って探してみたらあったのだが、でかい。そして、高い。
トマトくらいの大きさかなと思っていたら、もっと大きかった。大きいというより、ゴツい感じだ。そして値段は1個が192円。なんでこんなに高いのか。先にあげた3個で400円というのが良心的な値段だということがこれで分かった。
とりあえず2つ買って帰り、調理は母まかせ。生とか火を通したのとか作ってもらって食べてみた。「うわ、うめえ!」という程ではないにしても、嫌いな味ではない。ピーマンの青っぽい苦み(あれが旨いのだが)がない分、子どもが食べやすいというのは分かる気がした。
またぜひともスーパーで買って帰りたいとまでは思わなかったが、少し苗を買って畑に植えて育ててみようかなと思う。うまく収穫できたら、今度はパプリカの肉詰めが食べてみたいものだ。
本を流し読みするだけでは「ふうん」で終わってしまうが、こうして自分で買ったり食べたりしてみると、本の内容×自分の体験という掛け算のごとくの情報となって、より深く知り得ることが出来ることを身をもって学べた、と言っても過言ではない。

零戦と飛行機雲

どこかのニュースサイトの記事つながりで、零戦が今の空を飛行する動画を見た。

零戦が、飛行可能な状態で今も数台存在するとかよく知らなかったので、空を飛ぶ姿を見てちょっと感動してしまった。その姿からすぐに宮崎駿監督の「風立ちぬ」の頭に残っている映像が思い出されてその機影が重なって、もしかしたらそっちの事の方に感動したのかもしれない。「風立ちぬ」がまた観たくなった。
それにしても、美しいというのとはちょっと違うような、丸みがあってかわいいとでも言いたくなるような、おもしろい形をしているなぁと思った。とくに腹からお尻にかけてのラインが。なんだか機体が重たそうに見えるし、よくみる模型の飛行機をそのまま大きくしただけのように見えなくもないのに、これがちゃんと空を飛ぶんだから凄いなぁと思う。
でもしかし、この動画を見て単純に「わーすごい」だけでは片付かず、どうしても戦争兵器としての歴史が思い出されるし、どこかの国からうるさいことを言われたりするんじゃないかとか余計な事を考えてしまうのは、これは多分に偽善だったりもするんだろうか。
ところで、宮崎駿と戦闘機といえば、今日の夕方仕事帰りにふと空を見上げたら、立派な飛行機雲が一本、帯状に空のずっと高いところを長ぁく浮かんでいて、「あの飛行機雲は、よくよく見たら、墜落した戦闘機がいっぱい浮かんで固まって出来てるんですよ」と思わず誰かに言ってみたくなったが、周りにはもう誰もいなかった。残念。

人生を狂わせる10本の映画

シネマ4の字固め 著「人生を狂わせる10本の映画」を読んだ。Kindle で初めて読んだ本となった。

人生を狂わせる10本の映画

人生を狂わせる10本の映画

値段がえらく安いので購入時に不思議に思ったが、読んでみると値段以上に(と言っては失礼か)あっさりと読めてなるほどと納得した。(つまりは総ページ数がたいして多くない。)
いつも聴いているシネマ4の字固めの映画批評 Podcast は、おそらくどこかの飲み屋で収録しているためか店内の雑音が絶えず聞こえてきてけっこう騒がしい感じなのだけど、この Kindle 本版はそういう騒音なしで静かに落ち着いて二人の映画批評を聴いているような雰囲気を味わえた。
この本で「10本」に取り上げられた映画は、著者の二人が小学生とか中学生時代に出会った映画が多くて、ここ10年くらいの映画でそういうのはないの?とこちらの勝手な期待にやや肩すかしをくらったような気持ちがしないではなかった。でもまあ、10代というのは多感な時期だから、本を読み進めていくと、「人生を狂わせる」と頭に付く映画がそのあたりの時期に集中しているのも頷けるものはあった。
自分にとってのそんな映画は何だろうと思いを巡らせてみると、ぱっと浮かんできたのは、やはり子どもの頃に観た映画で、それは「ターミネーター」が外の肉体が焼失して鉄の骨組みだけの姿になってもなお目的を遂行するために主人公を執拗に追い詰めるシーンだ。
30年くらい前、自宅の離れの二階にある薄暗くてじめっとした部屋に小さな古いテレビが置いてあって、なんとか洋画劇場とかの映画放映を一人で集中して見たいときには夜9時前になるとよくその部屋にあがって心細いようなちょっと怖いようなそわそわした落ち着かない気持ちを抱きながらも、カラーがやや色あせた、字幕の端が少し切れるくらいの小さな画面に没入して映画を見ていた。
そんな環境も手伝って、タンクローリーか何かの大型トラックが爆発炎上し、ついにターミネーターをやっつけたと安堵したのも束の間、炎の中からゆっくり現れるあの独特な骸骨顔をもったロボットが、ゾンビのようなぎこちない動きでガシャーンガシャーンと歩いてくるシーンは、子ども心にとんでもなく恐ろしかった。そのことを今でもよく覚えている。
「人生を狂わせた」というのとはちょっと違うかもしれないが、でもあれが映画の素晴らしさを心身の底から味わった原体験だったことはたぶん間違いない。
映画というのは、いくら人から勧められたり批評を聞いたりしたところで、結局は自分で最初から最後まで見てみないことには面白いかどうかというのは分からないわけで、次に見る映画がもしかしたら自分の「人生を狂わせる」一本にならないとは限らないからこそ、映画を観るのはやめられないんだよなぁと読了後にしみじみ思った。

大雪

朝起きて、外に出てみて、積雪の多さ(高さ?)にけっこう驚いた。こんなの初めて、という程ではないにしても、これだけ雪が積もった景色を見たのはずっとずっと昔の子どものころ以来じゃないかという気がする。
飼い猫がその雪を見て、びっくりしたような困り顔(そんなふうに見えた)をしていたのが面白かった。きっと用を足しに外に出たかったんだろうが、出るに出られないといった感じで雪を目の前にしてオドオドしていた。「なんニャンだ、これは!」と思っていたに違いない。
こんな積雪の中、果たして無事に車で通勤できるんだろうかと半信半疑で早朝に家を出たが、山を降りる道で車が滑って制御不能になり危ない思いをしながらも、なんとか定時までに職場にたどり着けた。
夜中じゅうずいぶんな低温にあっても朝にはちゃんとエンジンがかかるし、エアコンをつければ車内はあついくらいに暖かくなるし、スタッドレスタイヤをはいてゆっくり走れば雪の坂道を上ったりも下ったりも出来るし、車というのは本当によくできてるもんだと改めて感心してしまった。それなりにそれなりの値段がするだけのものはある。

わたしを離さないで

iTunes で鑑賞。大雪に閉ざされて身動きが取れない中で、こういう静かな映画をしっとり観ると、心にじわっと染み込んでくるものがある。

小説の映画化だからちょっと気難しい内容なんじゃないかと身構えていたが、案外ストレートな愛のお話しだった。
最初から臓器提供者という定められた運命のもとに成長していき、二十歳前後あたりの心身ともに充実した時期に1回目の提供手術で運良く生き延びることが出来ても、結局コンプリートするまで臓器が取り出され続けるという、なんとも非情な設定なのだが、しかしこの物語のベースとなる設定がじつに秀逸だなぁと思う。これじゃどうしたって哀しいお話しにしかならない。
映画を観ていて、仲間から離れて一人遠い場所で生きていく主人公の孤独さだとか、森の中で本当の気持ちを伝えられない青年のもどかしさだとか、真実を告げられ車から外に出て吠える提供者とそれを見守る介護人だとかが、自分の過去の経験といくらか重なるようなところがあって、そういうのをあれこれ思い出したりしていると、ずいぶん心に響いてくるものもあり、またけっこうつらい気持ちにさせられたりもした。
しかし、結局誰からも本当には愛されず、誰をも本当には愛せないまま、手術台の上で冷たくなって死んでいき、さらに最期には誰も周りにいないというのは、なんとも救いがないほどに悲しいことだと思った。そしてその姿は、自分の人生の最後と決して重ならないとは言い切れないなと考えると、余計に悲しく暗い気持ちになってしまった。
このお話しに救いというものはあったのだろうか。あるような気もするが、はっきりとは言い切れない。

寒波到来

Yahoo! のアプリで自分が住んでいる地域の天気予報を見たら、明日の最高気温が−3度になっていてちょっと驚いた。北国ではさして珍しいことじゃないのかもしれないが、昼間になっても気温がマイナスって、なんだかすんなり信じられない。
いま外に出てみたら、粉雪がハラハラと少し舞っていたが、明日の朝は果たしてどういうことになっているんだろうか。気温が下がり過ぎて停電、ということはないと思うけど、でももし停電したら部屋のファンヒーターや、家の電気コンロや、お湯を沸かす機器がすべて死んでしまうので、それは勘弁してほしい。
それよりも心配なのは、外で寝ている飼い犬のことだ。屋根があってシャッターも閉まるところにいるので、直接の風や雪は防いでいるが、それでもすき間はあちこち空いているので底冷えは半端ない。朝になって凍っていたんじゃ可哀そすぎる。犬は寒くて寒くてたまらなくなったらワンワン鳴くんだろうか?
いっぽう飼い猫(一匹)のほうは、いつの間にか居ついた野良猫と深い仲になってしまい、夜になると寝床でなかよく寝ている。飼い猫は人間でいうと高校生になったかどうかくらいのまだまだ若い雌猫なのだが、野良猫の方は体の太ったおじさん猫で、まったく不純異性交遊はなはだしいったらありゃしないのだが、まあ猫の世界のことは猫どうしに任せておくしかない。
犬はずっと一匹で、ずっと紐でつながれていて、なかなか不憫である。凍死しないように、ときどき様子を見に行ってやろうと思う。

キャプテン・フィリップス

前々からなんとなく気になっていた映画「キャプテン・フィリップス」が iTunes で100円だったので観た。

ストーリーはいたって単純で、起承転結を当てはめてみるならば、

  • 起...船が海賊に襲われる
  • 承...船長だけが捕らえられる
  • 転...米海軍が動きだす
  • 結...そしてエンディングへ

ということになるかと思う。実話ベースだからというのはあるかもしれないが、こんなにシンプルなストーリーの映画はめずらしいんじゃないかと思えるほどに、真っ直ぐな筋立ての話しだった。
しかし、映画としての内容はなかなか衝撃的なシーンが続き、ラストではけっこう心打たれるものがあった。当人の感情の高ぶり、混乱、泣き出したいような動揺、自分の心身がなかなか現実に戻らない程の気の動転、等々がごちゃ混ぜになったようなよく分からないものが、でもよく伝わってきて、その心情が痛いくらいに共感できたような気がした。
これはやはりトム・ハンクスの演技によるところが大きいと思う。こういう「大きな困難に見舞われて、それに精神的に対処しようとする人」を演じる俳優としては、トム・ハンクスの右に出る人はなかなかいないんじゃないかとさえ思う。
ところで、謎がひとつ残ったのだが「シート15」というのは何を意味していたんだろう。今あれこれ思い返してみてもさっぱり分からない。..と思って少し検索して調べてみたのだが、やっぱりよく分からない。狙撃手が自分の位置を把握できるように伝えたということ? もっと感動的な何かにつながる重要なキーワードじゃないかと期待させられたんだけど(まあある意味とても重要な情報ではあるのだが)、どうも分かりにくいなぁ。